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う〜、気持ちがわるい。せっかく田口ミキティやこずも、礼華なんかと飲んだのに、海馬器官がやられていて、ほとんど覚えていません。

これでも昔はジャブジャブいけるクチだったのに、最近では奈良漬を食っただけでべろんべろんになってしまいます。

ま、時代は低燃費なので、これも流れなんでしょうか?いずれにせよ低〜いテンションでお届けします。
珍しく新聞を読んでいたら、作家の瀬戸内寂聴さんが、パープルなるペンネームでケータイ小説を書いていることがニュースになっていました。

寂聴さんといえば仮にも仏に使える身、「日本語の乱れを増長するようなケータイ小説は、けしからん!」などと言いそうですが、実は日本ケータイ小説大賞の名誉実行委員長まで務めていて、言葉は時代によって変化するものだから、その時代に読まれているものには理由があって興味がわくんだとか。

恩年86歳のばあちゃんが、中学生顔負けのチョー早さで携帯をガンガンに叩いている姿は想像するだけで笑ってしまいますが、日本語が乱れているのなんだというより、「言葉は生き物だからそういうものだ」という考えには賛成です。

たとえば、言葉が乱れているなどと批判されるときによく登場する

「ボードしに山とか行こうかな、みたいな」とか、

「たぶん、スタンスとか合ってない風な感じ」、

「自分的には、パンツはグリーンみたいなのがいいかも」

というような、いわゆるぼかし言葉について一般的なおっさんおばはん、たとえば会社の上司や学校の先生なんかが、何事も決められない優柔不断な若者が多いとか、人の間に距離を置くため言葉尻を捕らえられないようにしている、という趣旨のことをもっともらしく言っていますが、寂聴さんを見習って使ってみればいいんです。使ってみれば、実に便利です。

以前にテリー伊藤もぼかし言葉の利便性について何かの本に書いていましたが、
たとえば飲み会の席で、女の子に

「俺、ち○ぽが勃ってきた」

などというと、間違いなくドン引きされますが、

「俺、ち○ぽが勃ってきちゃったかな〜的な」

とぼやかして言えば、相手にまだその気が無い場合でも逃げ道ができて、結果的にコトがうまく運びます。

同様に、もし仮にあなたがち○ぽがでかくて、それを相手に伝えたい時に

「俺は、ち○ぽがでかい」

などと言うと露骨過ぎて、これまた間違いなく警戒されてしまいますが、

「俺的には、ち○ぽでかいかな?みたいな感じ」

といえば、相手に警戒されることなく自分をアピールすることができます。

ぼかし言葉をマスターすれば、いろんな意味で成功率も飛躍的に向上するはずです。

今からでも遅くはありません。本格的なスノーボードシーズンを迎える前に、いまからケータイ小説でも読んで練習してみてはどうでしょうか? ま、俺的には、いいかな〜みたいな感じですけど。