e25ce615.jpgゴッチといえば、日本スノーボード界の神様として有名ですが、実はマット界にもカール・ゴッチという“プロレスの神様”と呼ばれる人がいました。

残念ながら今年の6月28日に亡くなられてしまいましたが、カール・ゴッチといえば、あのアントニオ猪木さんや、初代タイガーマスク、藤波辰爾、前田日明なんかも弟子として有名です。
子供のころに少年マガジンか何かにゴッチの若いころのエピソードが漫画になっていて、何ぶん昔の事でうろ覚えなんですが、一時期プロレスをあきらめて清掃員をやっていたことがあって、そのときに喧嘩を売ってきたアフリカ系アメリカ人が落とした、お袋さんの形見の指輪をゴッチがごみを素手でより分けて探し出したという“いい話”で、確か漫画の最後のほうには猪木さんも登場していたように記憶しています。

さて、その猪木さんですが、奇しくもゴッチが亡くなられた次の日、新しく立ち上げたIGF(イノキ・ゲノム・フィデレーション)という団体の第一回興行「闘今BOM-BA-YE」を両国国技館で開催しましたね。

なんで“闘魂”ではなくて“闘今”なのか、なぜ“ボンバイエ”ではなくて“BOM-BA-YE”なのかというと、自分の肖像権のほかに「アントニオ猪木」と言う名前と「闘魂」、「ボンバイエ」、「1,2,3ダー」などの商標をぜーんぶ新日本プロレスに売っちゃったので、自分で使えなくなったからだとか。

もともとは親日の株を売却したのが事の発端だったように思いますが、ただローマ字表記にしただけとか“闘今”なんか類似商標で訴えられたらアウトのようにも思います。

となると本人がやっているほうが商標上はパチもんで、本人がやっていないほうが本物で、もう何がなんだか訳わかりませんね(笑)。

実際の興行のほうは、イラストレーターをやっている友人が見に行ったというので聞いてみたら、ま、それなりに盛り上がっていてまずまずじゃないかということでした。

ところで猪木さんは、株の売却益や商標を売ったお金をどうしたかというと、自分が発明している永久電機という夢の永久機関の開発につぎ込んでいるんだとか。そういえば何年か前に東スポの1面見出しで、そんなことをしているというのを見たことがあります。

先ほどのイラストレーターの友人は、「そんなもん考えるのは猪木かドクター中松ぐらいやな」とアホ扱いしていましたが、あの猪木さんがやるんですからかなり信憑性があると見たほうがいいでしょう。

だっていままでも、激辛ブームを予想してタバスコを最初に日本に紹介したり、健康食品ブームに先駆けてマテ茶なども発売しています。30年近く前には故郷のブラジルに砂糖キビ畑を買って、砂糖キビからアルコールを抽出してバイオガソリンを作る研究をしたりと、常に時代の先取りをしてきた男です。

残念なのは、いずれも10年、20年早すぎたためにモノにならず二束三文で事業を売ったあとで注目されブームになったということだけです。

さらに今では伝説となっているモハメド・アリとの異種格闘技戦も、寝ていただけと酷評されたりもしましたが、現在のK1やPRIDE(事実上なくなっちゃいましたね)などの総合格闘ブームのはしりでもありました。

なので、永久機関もきっと猪木さんがギブアップしたあとで完成され「あのとき猪木さんがやっていたことは正解だったんだ・・・」と後の歴史家が語ることでしょう。

実際の猪木さんは、何年か前にラスベガスで開催されるスノーボードとスキーの展示会に行ったときに、MGMホテルのカジノで見かけました。

夕方、通りがかったらレートの高そうな通称“ドリンク飲みほうだい席”でルーレットをやっていて、その顔と足のでかさは半端じゃなかったです。一緒にいたFLUXのU江くんは普段から「理想の女性は倍賞美津子」と公言していましたので、その元だんなということで別の想像をめぐらして興奮していたのを憶えています。

笑ったのはその次の日の朝に同じ場所を通りがかったら、おんなじ場所でおんなじ姿勢で、まだルーレットをしていました。さすが何時なんどき、誰の挑戦でも受ける男! “闘今”ですね。

「その道を行けばどうなるものか危ぶむ無かれ・・・・」

以上コラムでした。

参考文献:コンビニで買った「暗黒マット世界」コアマガジン社